漣の残像。

水蒸気に浮かび上がる

■車窓揺蕩う白煙に

ある日、この夏の製鉄所見学会を御一緒した知人から薦められ、急に思い立って長閑な列車での工場散策へと出掛けてみる事に。
指定席の時刻に追われる様に仕事を一段落させ、暫く泊まり込んでいた仕事先を慌ただしく後にし、日付が変わる深夜に大垣行きの列車へ1人乗り込む。
深い闇を煌々と照らしながら夜通し走った列車は夜明けと共に乗り換え駅へと到着、再度2両編成のワンマン列車に揺られてのんびりと目的地へと向かう。
工業地帯に生まれ育った1人の少女が抱く思春期の葛藤とささやかな旅立ちを温かく穏やかに描いた映画『いずれの森か青き海』、この優しい作品の最後に流れる、海沿いを走る列車の車窓に遠く棚引く工場の姿を改めて自らの眼にし、久し振りに大好きな場所へと戻って来た事を実感する。

今回は、渋谷でイベントスペースを営む知人から借りたビデオカメラで、ゆっくりと港を歩く傍らに工業地帯の遠景を気侭に収めて、いつもと少し趣の異なる港巡り。
普段から馴染んでいる京浜工業地帯での自転車や車を利用しての移動とはまた何処か違った、季節の移り変わりを告げる心地良い潮風のような休日が始まる。
大小複雑な配管を抱くプラントが朝日を背にしてシルエットを浮かび上がらせる姿に暫く立ち尽くし、やがて港沿いを対岸に広がる情景へと足は向かって行く。

遠く遙か視線の先へと連なる個性豊かなプラントを目指し暖かな日差しの下で緩やかに歩を進めると、初めて大規模な工業地帯へ訪れた時の気持ちが心の奥から徐々に蘇って来る。
そうして、風に運ばれて来る作動音に包まれながら、一足毎に表情を変えて様々と重なるプラントの造形に目を奪われていると、始まったばかりの休息時間も瞬く間に消え去って行く。
結局、間に一晩だけの帰省を挟んだ列車と徒歩での工場散策は、時間と共に鮮やかに移り変わる色彩を十分に心から堪能し、帰路の途中で寄る製紙工場へと向かう列車に飛び乗って、また近い時期の再会を心へ誓いながら一先ずの区切りを告げた。

(写真/棚引く白煙を照らし夜空へ浮かばせる対岸のプラント)