それぞれに目蓋へ残る情景を抱いて。

小川を跨いで建つ信越化学

■工場へ続く道

過去に色々な機会で耳にした《工場を好きになった切っ掛け》は本当に多彩で、子供の頃に工業地帯で育った想い出深い場所と云う人から、初めてのドライブで湾岸線を通った時に目にしたコンビナートの威容に心を掴まれた人、巨大な建造物を間近で煽り見ると言い知れぬ畏怖と共に鼓動が高まる人、巨大船舶やガントリークレーンや貨物列車等の黙々と働く機械に気持ちを揺さぶられる人、港の風景からハードボイルドに通じる人生に隠された機微を感じ取る人etc.…
そう云うリアルな体験から工場に目線を送る様になる人が居る傍ら、フィクションから導かれて工場の世界へと足を踏み入れる人もまた多い。
ブレードランナーやブラックレインと云った映画や、ウルトラマンガメラ等の特撮ドラマから入った人、YMOクラフトワーク等のテクノ音楽から入った人、ウィリアム・ギブスン大友克洋と云ったサイバーパンクの小説や漫画から入った人、剥き出しの機械で構築された暗く無骨な街が舞台であるファイナルファンタジーⅦ等のゲームから入った人etc.…
そして、その出会いに合わせる様に好きな情景もまたそれぞれに異なり、作業灯に照らされたプラントが妖艶に輝く夜景に目を奪われる人、化学コンビナートの冷たい華やかさに惹かれる人、複雑に絡み合うダクトや配管を眺めていると徐々に胸の奥が沸き立ってくる人、愛嬌のある可愛いガスタンクが好きな人、その街の象徴の如く高く聳えた煙突から流れる白煙を暮れ落ちる朱い陽と共に眺めていると不思議な懐かしさに胸が痛む人、油と錆が浮かんだ重厚感あるプラントの質感こそが真理だと思う人、工場から絶えず流れる作業音が心地良い音楽として耳に響いている人etc.…工場との接し方1つにもその人の個性が表れる。
それでも、数多の要素が魅惑的に絡み合う工場の風景を前にした時、普段は各々に異なるポイントで楽しんでいる工場好き同士がその素晴らしさに息を呑み、全員が静かに佇みながらその様子をただ真っ直ぐと見詰め続けてしまう。
そんな、言葉もないままに気持ちを通じ合える、もしかすると根底には誰しも共通する強い想いが流れているのかもしれないと感じる掛け替えのない瞬間に巡り会う度に、工場へと向かう足がまた更に楽しくなる。
それが1人でも、大勢でも。


『あなたが工場を好きになった切っ掛けは、何でしたか?』

(写真/夕闇が訪れる千鳥町)