穏やかな週末。

船上より仰ぎ見た鳥

■潮風に吹かれて

柔らかい日差しも心地良く麗らかな午後、軽く手摺りに寄り掛かりながら空を舞う海鳥を見上げ、川崎臨海工業地帯を船上から寛いで眺めている自分に気付く。
仕事の合間に誰かと楽しく工場観光へ出掛けたり、想い出深い工場にまつわる文章を頼まれたりしていたある日、その話は思い掛けず突然に訪れる。
それは、工業地帯を落ち着いて見渡せる場所に集った第三者に向い、工場が湛える豊かな魅力に就いて話し聞かせて欲しいと云う御誘い。
しかし、既に工場へと惹かれている相手となら数時間でも数日でも言葉を交わした経験はあるが、工場に興味を抱いた事のない大勢を前に果して自分が何を話せるのか、日毎に追われる作業の手を時々休めて漠然と思索に耽ってみる。
そうして手探りのまま、数年前に深夜の工場を眺めるオフ会で知り合った男性1人と、昨年何度かコンビナート巡りを御一緒した女性1人にも協力を仰ぎながら、その企画は留まる事なく徐々に内容を具体的な形へ変更して進んで行く。
最終的に、参加者は全員船に乗り、そこで工場が内包する様々な要素に就いての軽い説明をして、各地に点在する工場の写真を見ながら周囲に広がる工業地帯の景観を楽しむと云う形に落ち着いたイベントは、前日降った雨も無事に収まり穏やかな晴天で当日を迎える。
朝から港で軽い打ち合せをした後、色々な思惑を抱く人達を乗せた貸し切りクルーザーはゆっくりと岸壁を離れ、鶴見川から京浜運河を通り川崎港を目指す。
海沿いに並ぶ素晴らしい工場の景色へ窓越しに視線を送りながら、ディスプレイに映し出されるプラント写真や各地の工業地帯を記したボードを使って工場の何処に惹かれるのかを長閑に数十名の前で解説していると、日常と離れた不思議な時間は静かに流れて行く。
気侭に繰り返される質疑応答を通じて賑やかに続いたイベントも昼過ぎには一段落し、船内からデッキへと皆で上がり記念撮影をした後は風の中をのんびり工場観光。
普段見慣れた場所を違う目線で堪能出来る貴重な1日を言葉少なく心に刻み込んでいると、やがて船は軽快にエンジンの音を響かせながら名残惜しそうに港へと戻る舵を取り始めた。

(写真/海上より眺める川崎臨海工業地帯)