垂れ込める空に想いを。

曇天の夜光

■遠く輝く港を駆けて

工場の何処へ惹かれるのかは人それぞれ本当に個性が表れるけれど、それでも根本には誰しも共通する気持ちが流れているのか、そう云う話を目を輝かせて語って貰える瞬間が本当に楽しく、時間が過ぎるのも忘れてつい聴き入ってしまう。

慌ただしく仕事の合間を縫って、そうして初めて会う様々な相手から工場の内包する多彩な魅力に就いて興味深い話を聞かせて貰える嬉しい機会が最近増えていたものの、それ以外は相変わらず泊まり込み続く職場の窓から見える、頻繁に行き交う列車の向こうに広がる低い空の果てに待つ金属が重なり連なる風景へと想いを馳せていたある日、久し振りに誰かから工場地帯を案内いただける事が決まる。
ここ数ヶ月、自分の好きな景色を誰かに案内して歩く事が多かった為か、普段眺め過ごしている場所とどう違った世界を垣間見る事が出来るのかを楽しく想像していると、遠足を控えた子供の様に瞬く間に当日が訪れる。
作業が一段落した職場を後に、ネットで過去に幾度か言葉を交した事のあったその初顔合わせの相手と海芝浦へと向かう駅で落ち合い、早速車での工場巡りが始まる。
いつもの通い慣れた道を行く様に何事もなく走り始めた車の窓から見上げる夕方近い工業地帯は曇天に覆われ、今にも崩れ出しそうな空模様。
何処か色のくすんだた無骨な風景の中を少しずつ言葉を交しながら進むと、全身に錆を浮かべたプラントが見えて来る。

灰色の背景を従え暗く佇むその大きな姿から不思議な存在感を感じながら、暫く人通りのない道の端でその様子を仰ぎ見て過ごす。
心に響く情景に嬉しくなりながら淀みなく続く工場散策の旅は、経年を感じる幾つかの工場を辿って北上し川崎へと入ると共に、金属の肌が輝く馴染み深い景色へと変わって行く。
途中、川崎を活動拠点としているバンドが地元を象徴する風景として工場の姿をフライヤー用に写真へ収めている場面と偶然居合わせ、そこで伺った真っ直ぐと話す彼等の言葉に、ここ最近街中でも工場に対する気持ちを耳にする新鮮な機会が増えて来ている事を徐々に実感する。
いつもと変わらない大好きなプラントを一望しながらそのまま高速へ入ると、今度は一路海底を通って京葉工業地域へ。
間近に届くような視点からは一転、日没と共に訪れた暗闇の向こうに今度は壮大な化学コンビナートが遠く見渡すように待ち構えていた。

住宅地の片隅に不意に現れるそのささやかな公園で暫し眺めを眼に焼き付けていると、いつかここで一晩でも過ごしてみたいと誰ともなく言葉が洩れる。
工場に対する情熱溢れる言葉と共にテンポ良く巡るこの旅は、以前に1度迷い込んだまま明確な位置を把握出来ていなかった場所や、馴染みの風景のまた違った佇まいを転々と廻りながら、内房の南から沿うように続いて行く。
そうして、時折小雨を肌に感じながら深夜まで続いた心弾む時間も、最後に紹介して貰った取って置きの場所で大団円を迎える。
終電時刻間際まで素晴らしい時間を過ごさせていただいた案内役に心からの礼を言い、まだ喧噪漂う池袋で再会を静かに誓って充実した一時を後にした。

(写真/蠢くように配管が闇に浮かぶプラント)