いつもの空を仰いで。

天空の城

■丘に咲く花

『河が汚れるからと
母はイヤがったが

夕暮れになると灯がともる
この山を覆う亜鉛工場が

父とボクは好きだった』
と云うモノローグと共に、主人公が帰省先の駅近くより仰ぎ見る頭上に聳える黒い山。
個性的な仲間と楽しい時間を過ごしながら進路と恋愛とに悩む少年少女達の青春群像を描いた作品『ハチミツとクローバー』の一場面。
転々と斑に光る灯火をまとうその不思議なシルエットの丘こそが、幾多の工場好きや近隣住人達の心に強い印象を刻み続ける東邦亜鉛の安中製錬所。
blogを始めて以降も何度と訪れたこの場所へ新宿より始発に乗って向うと、乗り換えとなる高崎駅で賑やかに通学途中の学生達に囲まれる。
そのまま信越本線で向かった安中駅へと降り立ち元気溢れる声と別れ、眼前に広がる光景へと1人ゆっくり歩き出す。
日常の中で常にこれだけ印象深い風景と接する彼等が将来ふと故郷を想う時、果してどう云った感慨と共にその情景が目蓋に蘇るのか、豊かな特徴に溢れたその記憶を少し羨ましく思いながらも、何処か長閑さを湛えたその景色の中を進む。
好きな工場を人から訊かれる度に、幾つかの場所と共に必ず名前を上げるこの丘の主人を、これからもきっと見上げに通う事だろう。

(写真/天空に聳える東邦亜鉛安中製錬所)